暮れなずむ熊本城
深い緑の水が魅惑的なお城の堀
高校時代によく通った長塀の小道
病室の窓から見える先生の古いお屋敷と木
シャワー通りの紅茶専門店
退院のお祝いランチ
*入院日記 その1*
幸運な事なのでしょう。
私は今までの5?年の人生の中で、一度も入院の経験がなかったのです。
しかし、残念ながら、今回は静脈瘤の手術をする事になってしまいました。
これは大袈裟に聞こえますが、そう心配する病気ではありません。
要するに、下肢静脈の血液が元に戻りにくくなって鬱血しているのです。
よく、足の静脈がミミズのように浮き出ている人を見かけることがおありかと思います。
私も、そんなにひどくはありませんが、少しボコボコ下静脈があり、時々ピリピリと痛むので、思い切って病院に行ったところ、「早めに取ったほうが良いですよ」
と言われ、結局、静脈を手術して取り出すことになりました。
何と明日がその手術なのです!今日から入院していますが、緊張しています。
でも、主治医の先生はもちろんの事、担当看護士、手術看護士、栄養士、麻酔医の丁寧かつ詳しい説明を聞いて、すっかり納得し安心しました。
やはり、アカウンタビリティーの大事な時代だと再確認しました。
* その2*
終わったー!!!
ここ数ヵ月の懸案でありました静脈瘤の手術が、昨日 終わりました。
4月に手術を決心して以来、いつも心の底に沈んでいた障害でありました。
昨夜は意外と熱も出ず、「痛み止め」と看護士さん達の細やかなケアーのおかげで、
ぐっすりと眠れ、実に爽やかな朝を迎える事ができました。
今、私の両足は包帯でグルグル巻きにされて、痛々しい姿です。私の重々しい身体をしっかりと支えてくれた逞しい足です。これを機に体重を減らして、今後はもっと優しく両足に接していきたいと思っています。
今回の初めての手術の経験を通して、日本の医療技術の高さと看護サービス の質の良さには改めて感心させられました。
麻酔注射も全然痛くなくて、眠っている間に手術も終わっていました。
また、事前の充分な説明で、不安も減少していました。
今、眼前には花岡山の仏舎利搭が白く輝いています。
大変な事をくぐり抜けた後の爽快感と安堵感を噛み締める一時です。
* その3*
手術から2日目。
順調過ぎる程の回復で、歩行も結構ふつうにできるようになり、
担当の先生もすこし驚かれていました。
普段はマイナスのイメージを持つ入院生活も、入ってみればそれなりに有意義である事に気が付きます。
まず、食事。けっこう御馳走があるのです。病院だから、カロリーも栄養バランスも
バッチリです。かえって太りはしないか心配なので、なるだけ歩くようにしています。
病院の廊下を4,5回往復していたら、看護士さん達から「元気がいいですね!」
と声をかけられ、嬉しくなりました。
次に楽しみなのは、他の入院患者さんたちとの会話です。
86歳で軽い病気で、とても元気な女性もいれば、もう何週間も食事ができずに点滴だけの女性もいます。
また時には、廊下で静かに涙を拭いている家族の姿を見掛けることもあります。
何か重大な事を告げられたのでしょうか。胸が痛みます。
他の患者さん達との会話の中で次の事が分かってきました。
我慢に我慢を重ねて、我慢しきれなくなってから来た人は、ほとんど重病で手術も回復も長引くのです。この分かりきった事もいざとなると、なかなか実行に移すのは難しいようです。私は運良く、早めに治療が出来て良かったと改めて思います。
最後に、普段は出来ない歯茎マッサージもタッブリとできそうです!!
* その4*
今日は、地域医療センターから、新市街のど真ん中にある松本外科に転院しました。
ここの松本外科は地域医療センターと連携していて、最初からこういう医療プログラムになっていたのですから、いわば予定通りなのです。
この松本外科は、静脈瘤では全国的に名の通った病院だそうですので、安心して任せられます。地域治療センターでの手術も、松本先生が出張して執刀されるので、心強いものがありました。
でも、設備のほうは、五つ星と三ツ星ホテルぐらいに差があります。
しかし、最後の決め手はやはり先生の腕なのでしょう。
ここで手術を受けようとすれば1年は待たなければいけないのです。(急患は別です)
このタイムスリップしたような古い病院は先生の腕一本で持っているのでしょうか。
実質がより精彩を放つ時代であるようです。
* その5*
抜糸も無事に済み、外出許可が出て2日目です。
友人がお見舞いに来てくれましたので、しばらく病室でお話をした後、近くの紅茶専門店に出かけました。
ここは一歩足を踏み入れると、まるでイギリスのティールームに来たような錯覚にさえ陥るような場所なのです。
ここで香り高い紅茶をいただきながら、静かな会話を楽しむこと2時間。
壁の作られた展示コーナーには、イギリス王室にあるものと同じティーセットや、アールヌーボーのガレの作品が所狭しと並んでいます。
クラシックのBGMに耳を傾けながら、私は何の予定もない事の贅沢さを堪能しました。
しかし病院に帰ってみると...
「30分以上の外出はカルテに残ることもありますし、事故入院の場合は保険の保障がそれでストップされる事もあります」
との厳しいご指摘!
やはり世間はそんなに甘くないナァー
* その 6*
回復を早めるためにも、30分ぐらいの散歩を病院も奨励している。
私の場合は、ちょっと長くしてもらって、朝夕一時間ぐらいの散歩をすることにした。
昨夜は熊本城のほうへ歩いてみた。
御幸橋に近づくと長塀が目に入り、「美しい!」と思わず心の中でつぶやいた。
はるか向うまで続く白壁に、石垣と緑の絨毯が永遠と続いているように見える。
その絨毯には、人の歩いた後に自然とできた歩道がつつましい感じで残っていた。
第一高校時代はこの歩道を通って、県立図書館によく通ったものだ。
坪井川がすぐ側を流れているせいか、どことなく詩的な感情が湧いて来る、私のお気に入りの場所だった。
御幸橋を過ぎて、だらだらと続く坂道を登っていくと、右手に堀や石垣が姿を現してきた。
このところの雨続きで、水嵩が増した堀は深い緑をたたえて幻想的である。
思えば、この暮れなずむ時間帯に、ゆっくりとお城散策などしたことがなかった。
静寂のなかに蝉時雨だけが響き渡り、見事な曲線の石垣は静かな力強さをかもし出している。
決めた! 明日もこの地を訪れ、今度はお城の中を探訪しよう。
*その7*
お隣のベッドのKさんは私と同じ年代なので、話題も共通性があり、よくお話をする。
Kさんのお話を聞いていると、Kさんは日本の50代女性を代表しているような存在のように思われる。
夫は中小企業の管理職で、休日返上、サービス残業の日々で、8時に家を出て、帰宅は毎晩10時より早かったことはない。
子供は中学、高校に行く娘が二人で、十分な教育費を得るために自分は学校給食のパートに行っていたらしい。静脈瘤がひどくなって、痛みに耐え切れず、仕事を止めて入院にいたったということである。
長男の嫁だから、舅、姑とも同居で、いろいろ気を使っているらしい。
朝の子供のための弁当作りから始まって、料理、洗濯などの家事は一切自分が背負い込み
、その上、子供の部活からの帰宅のお迎えなど、本当に本当にめまぐるしいほどの忙しさであるようだ。
今回の手術入院で、家はどうなるのかと不安で仕方なかったらしいが、いざ入院してみると、家はちゃんと機能しているようだ。
お姑さんも、しっかり料理をされているし、娘さんたちも自覚して自分のことは自分でやられているようだ。
御主人も自分で結構動かれているらしい。
それを聞いて、本人は安心する反面、少し寂しそうだ。
家のことを一人で背負い込んで完璧にこなし、病気になる...
これは悪循環というもの。
元気でいるうちから、家の雑用はみんなでシェアして、お互いの負担を軽くするような発想と思いやりを持てる日本の家庭であってほしい。
そのためには男性の長時間労働が制度的に改められないものだろうかと願ってしまう。
* その8*
お隣のベッドのKさんのお話は、私の知らない世界のことで、本当に面白い。
I 町は山間部の小さな町で、過疎化、高齢化が進んでいる。
しかし現段階では、働きに出ていた長男も、老齢化した両親の面倒を見、家の跡継ぎとしての責任を果たすために、家に戻って来るらしい。
それが苦難の始まりになるのは、長男の嫁である。
夫の実家に戻ってまず驚くことは、住宅事情の悪さである。
古い家の、中2階に長男家族は住むという。
昔の家の中2階というのは、実質的には物置の空間なのである。
また、普通、天井もないので夏の暑さは例えようが無いらしい。
そんな中で、同じような境遇に置かれた若い長男の嫁達の中から
「家を建てよう!」という話が自然と持ち上がって来たらしい。
もちろん、夫の親達は猛反対だ。
「まーだ、あと50年は大丈夫!」とか言って、譲らなかったそうだ。
それでもめげず、仲間の一人が勇気を振り絞って家を建てた。しかも2世帯住宅だ。
平成10年のことだったらしい。その後、その女性に触発され、次々と家が建った。
平成17年までに立った家は、何と10件というから素晴らしい。
私も田舎に住むから分かるが、2世帯住宅を建てるのは、コスト的にも、また気持ち的にも容易ではない。夫の親と別居状態にするというのは、世間の反発も大きいからだ。
しかし、あらゆる圧力を撥ね退けて建った10件の家。
ローンを返していくのために、妻もパートに出て働く。
それでも、肉体的な辛さは精神的な辛さよりは増しなようだ。
女達の勇気ある行動に触れたようで嬉しかった。
*その9*
入院中は時間を持て余すことは分かっていたので、パソコン、本、簿記問題集(今とても興味がある分野)等、たくさん病室に持ち込んだ。
昨夜は持ち込んだパソコンで、11時30分ぐらいまでDVDを見る。
映画の内容がサクセスストーリーだったので、仕事や一切の社会活動を休憩中の自分が少々情けなくなった。退院したらハイボルテージで全てについて巻き返そうと思う。
しかし、私の場合は治る病気、しかも軽い病気だからこのような前向きな発想が出来るのだろう。
不治の病で長期の入院をされている方達の心中が思いやられる。
折りしも今夜は、38歳で急性骨髄性白血病で亡くなった本田美奈子の特集をテレビが
やっていた。
さぞ無念であった事だろう。
元気な時、いや生きている時を大事にしようと、病室の白い天井を見ながら強く思った。
* その10*
今日は晴れて退院だ!
生まれて初めての手術と入院も、無事に終わろうとしている。
「入院」、このマイナスのイメージを持った言葉も、いざその中に入ると、マイナスばかりでなくプラスもあったというのが、大きな収穫である。
特に、「我慢しないで、なるだけ早く治療をする事。手術は恐れなくても良い。」
ということだった。
これは当たり前のようだが、患者さんの多くが我慢した末に来ているのを見ると、
実行は難しいようだ。
最後に一人の看護士さんの言葉が印象的だった。
「毎日たくさんの老人と接しているが、一番しっかりとしている人は、独りで誰にも頼らないで生活している老人。また、農家でずっと現役で田畑を守り働いている人」
だそうだ。「凛とした強さ」が感じ取れるらしい。
私もいずれは老人になる。
独り暮らしはしたくはないが、凛とした強さを持ち合わせた老境を迎えたいと思う。
短くも長かった3週間。
今後は「食」を大事にし、生活の質をより重要視したい。
優しい夫の笑顔と共に病院を後にした。
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